前橋地方裁判所 昭和49年(行ウ)2号 判決 1978年7月13日
原告 腰塚治男
被告 桐生税務署長
訴訟代理人 藤村啓 三宅康夫 平野恒男 坂田栄 ほか二名
主文
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告が原告に対し、昭和四八年六月二一日付で行なつた昭和四六年分及び同四七年分各所得税の各更正決定を取消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
二 請求の趣旨に対する答弁
主文同旨
第二当事者の主張
一 請求原因
1 原告は被告に対し、昭知四七年三月一五日、同四六年分の所得税について、また同四八年三月一五日、同四七年分の所得税について、それぞれ別表(一)及び(二)記載のとおり申告をし、被告は同四八年六月一二日同表記載のとおり更正決定をした。
2 前記決定は、次の事由により違法である。
(一) 原告は、昭和四五年七月に退任するまで、株式会社桐生製鋼所(以下訴外会社という。)の取締役の地位にあつたが、右在任中、同社の債務について連帯保証をなし、右保証債務について、昭和四六年度中に総額一二三二万四六七七円、昭和四七年度中に総額一八一二万一二八五円をそれぞれ訴外会社のために弁済したところ、同会社は昭和四六年倒産したため、右弁済金額のいずれについても、原告から訴外会社に対する求償権の行使が不能になつた。
(二) 求償権の行使が不能となつた前記金額(以下本件金額という。)は所得税法七二条一項により、雑損控除として原告が給与所得として申告した額から控除されるべきであるのに、被告は、右雑損控除をしなかつた。
(三) 仮に、本件金額が雑損控除の対象とならないとしても、原告が給与所得として申告した金額は、原告が、株式会社桐生製鋼所、不破染工株式会祉等の会社から、取締役の報酬として受けたものであり、当該会社と原告(取締役)との間柄は委任関係であつて、その株式会社の取締役の業務は、所得税法にいう事業に準ずるものであり、従つて、右給与所得として申告した金額は、事業所得として取扱われるべきであるから、本件金額は、所得税法五一条二項、同法施行令一四一条二号により、損失として、右事業所得額から控除されるべきであるのに、被告は右事業所得を給与所得であるとして右の控除をしなかつた。
3 よつて、原告は、請求の趣旨1項記載の各更正決定の取消を求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1項は認める。
2 請求原因2項中
(一) について、原告が昭和四五年七月に退任するまで訴外会社の取締役の地位にあつたことは認め、その余の事実は否認する。
(二) については雑損控除をしなかつたことは認める。しかし、雑損控除をしなかつたことは違法ではない。仮に前記Hの事実が認められたとしても、右事実は、所得税法七二条に定められた雑損控除の原因となる事由に該当しないし、また同条の趣旨は、納税者の意思に基づかない災難等によつて損失を蒙つた者に限りその税負担を軽減せしめるというのであり、この趣旨に照して、本件金額に対し同条を準用ないし類推適用すべきでないからである。
(三) については、原告が給与所得として申告した金額が、会社の取締役の報酬として受けたものであること、及び所得税法五一条二項、同法一四一条二号によつて本件金額を所得金額から控除しなかつたことは認める。しかし、右の控除をしなかつたことは違法ではない。株式会社の取締役の業務は所得税法上にいう事業には該らず、また、これに準ずるものでもなく、原告が給与所得として申告した金額は、申告のあつたとおり給与所得であつて事業所得ではなく、所得税法五一条二項が、給与所得について適用されないことは文理上明らかであるからである。
第三証拠<省略>
理由
一 請求原因1項の事実は当事者間に争いがない。
二 本件金額が所得税法七二条にいう雑損控除の対象になるか否かについて判断する(請求原因2項(二)の主張について)。
仮に請求原因2項(一)の事実があつたとしても、被告が原告の前記申告所得から本件金額を雑損控除しなかつた前記決定には違法事由がない。すなわち、同条(雑損控除)の趣旨は、その規定の文理上明らかなように、災害、盗難、横領という異常な損失により減少した担税力に即応して課税することであり、納税者その他所定の者の有する資産について災害、盗難、横領等の法定原因によつて損失が生じた場合において、一定額の控除を認めるものである。ところで、原告のいう保証債務履行による訴外会社に対する求償権の行使が同会社の倒産により不能になつた本件金額の損失は、これらの法定原因に該当しないのであるから、同条を適用すべきものでないと解するのが相当である。従つて、原告の右主張は理由がない。
三 本件金額が所得税法五一条二項、同法施行令一四一条二号による事業所得の必要経費に該当するか否かについて判断する(請求原因2項(三)の主張について)。
原告が給与所得として申告した金額は原告が株式会社桐生製鋼所、不破染工株式会社等から取締役の報酬として受けたものであることについては、当事者間に争いがないところ、原告は株式会祉の取締役の業務は委任関係に基づくものであるから所得税法にいう事業に準ずるものであり、従つて、右報酬額は事業所得というべきものであるから、本件金額の損失は所得税法五一条二項、同法施行令一四一条二号により右所得額に必要経費として算入すべきである旨主張するので、検討する。
一般に所得税法にいう事業所得とは、自己の計算と危険において対価を得て継続的に行なわれる業務から生ずる所得と観念すべきであり、他方、同法にいう給与所得とは、雇傭関係又はこれに準ずべき関係(例えば会社の役員等委任関係の場合)に基づく非独立的労務の対価と観念すべきであつて、この両者の異同は、所得の生ずる業務の遂行ないしは労務の提供が、前者は自己の計算と危険において独立性をもつてなされるのに対し、後者は対価支払者の支配、監督に服して非独立的になされるとともに自己の計算と危険を伴わない点にあると解すべきところ(東京高裁昭和五一年一〇月一八日判決、行裁例集二七巻一〇号一六三九頁参照)、本件において、原告が株式会社桐生製鋼所等から取締役として受けた報酬は、それが委任契約に基づくものであつても、原告(取締役)が当該会社に従属し、単に「取締役」という役職において人的役務を提供するに過ぎず、その取締役の活動から生じた成果(それが利益となる場合も、あるいは損失となる場合もある。)は、そのすべてが直接当該会社に帰属するものであつて、原告が受ける報酬は、その活動から生じた成果として直接に享受するものでなく、当該会社に従属して非独立的な人的役務を提供した報酬として受けるもの、すなわち、雇傭関係に準ずる役員等の委任関係に基づき収受される対価であるとみるのが相当であり、他に原告が取締役として受けた報酬が事業所得に該ると解すべき特段の事情の主張立証がない以上、右報酬は原告が申告したとおり給与所得というべきである。そうだとすれば、所得税法五一条二項が給与所得に適用のないこと文理上明白であることからして、被告が前記申告の給与所得から必要経費として本件金額の算入を認めなかつた前記決定には何らの違法事由はなく、原告の右主張は理由がない。
四 以上の次第で、その余の点について判断するまでもなく、原告の本訴請求はすべて理由がないから失当としていずれもこれを棄却し、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 川名秀雄 大島崇志 加藤謙一)
表(一)<省略>
表(二)<省略>